当時、妻と私が米国FDAからの承認を待っていた薬がありました。
その名前は「オラパリブ」、BRCA遺伝子変異陽性の再発乳がんの患者の妻にとっては期待の治療薬でした。
確か日本では2018年7月頃にBRCA遺伝子変異転移乳がんに承認されたと思いますが、米国では同年1月には承認されていました。
当時、承認前に使いたいタイミングが来たのですが、承認されておらずカルボプラチンとジェムザールの投与を開始していました。
カルボプラチンとジェムザールが思っていたよりも妻のガンには効いていたため、オラパリブの開始はどんどん伸びていき、
結局カルボプラチンとジェムザールのコンビは1年くらい効いていたと思います。
オラパリブの効いた期間
その後医師の判断でカルボプラチンが効いていないわけではなかったのですが、オラパリブに切り替えることになります。
「またオラパリブが効かなくなったらカルボプラチンに戻れる」的なことを当初言っていましたが、その後カルボプラチンに戻ることはありませんでした。
オラパリブのいいところはなんといっても飲み薬だったところです。血液検査で定期的に病院に行っていましたが、飲み薬という点では妻はとても楽といっていました。
ダルさの副作用は相変わらずでしたが、この頃の妻はもう抗がん剤のダルさには少し慣れてしまっている部分もあり、
辛そうではありましたが、薬を持ち歩いて旅行に行ったりもしていましたし、ACとかカルボプラチンとかの点滴とは違った感じでそこそこ動けてはいました。
肝心の効いていた期間ですが、
とても期待していたのですが肺や脊髄に転移が見つかり、6か月でオラパリブも中止になってしまいました。
医師から開始前より、「あまりオラパリブに期待しない方が良い」と言われていましたが、まさに的中です。
オラパリブが治験段階の時はとても期待の持てる内容ばかり、ネット上で拝見していたので、
初めてその時、徐々に選択肢が少なく、無くなっていく恐怖を妻と二人で感じていました。
「結局抗がん剤は延命治療でしかないのか」と感じたのもこの頃です。
免疫チェックポイント阻害薬 アテゾリズマブの投与期間
その後はホントに最期の最期の砦、免疫チェックポイント阻害薬のアテゾリズマブとアブラキサンの投与を開始します。
これも事前情報ではかなり期待していたのですが、妻には投与が遅すぎたのかもしれません。
アテゾリズマブも程なくして終了。これも約6か月でしたでしょうか。
ここにきて、オラパリブ開始くらいから妻のガンが急激に暴れだしているようにも思えました。初発から3年後以降はこのように薬が1年、半年、と徐々に効く期間が縮まり、薬がどんどん変わり治療の選択肢が亡くなっていきました。
この後は脳への転移がみられ、本来なら放射線治療で済ますのですが、場所が悪すぎたため開頭手術を行い無治療(緩和ケア)となりました。