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余命宣告についてどう考えますか?

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余命とは

読んで字の如く

「残りの命。これから先残っている命。」

という意味。

 

これを医師が色々なデータに基づき可能な限り正確に

患者にこの「残りの命」のことを伝えるのが余命宣告なのだと思います。

 

ただ、人によってそれを知りたかったり、

知りたくなかったり、また余命宣告の意味の捉え方も様々です。

 

妻が亡くなる前、余命を聞いたのは確か半年前位です。

何年とか、何か月とかいう言い方ではなくて、

「年は越せないかも」

という言い方でした。

 

妻も私も初発、再発直後は怖くて

余命なんて聞きたくも知りたくもありませんでした。

 

ただ次第に抗がん剤の打つ手が少なくなり

焦ってくると、逆に残りの妻の人生が

どれくらいあるのか、

どれくらい妻と家族皆で過ごせるのか

次第に知りたくなるようになりました。

 

ただ、やはり自ら聞くのは怖かったため、

結局自分達から聞くことなく

先生から、旦那さんを呼んでほしいと妻にお伝えがあったようで。

 

行ってみると、余命関連のお話と今後残される家族のお話とケアの内容でした。

 

妻も私も話を聞いているときは、

何となく聞いていました。

 

その後、帰りの車の中で、

「あれって余命宣告じゃない?」

って妻が言い出し、

「確かに…。」

となった感じ…。

 

さすが、先生も慣れている、というかなかなか良い先生でした。

ちゃんと患者、家族がなるべき衝撃を受けないように、

且つ、理解してもらえるように話していたのだと思います。

 

妻と私はこの宣告をあまり真に受けていませんでした。

「半年か。何とか乗り切ってやる、残りの人生楽しんでやる。」

といった気持ちと。

「何をやるにも、これが最期」

と思って過ごすようにしました。

 

単なる寿命と受け取らず、人生にアラームがセットされ、

制限時間内を存分に楽しんでやると妻は考えていたと思います。

 

本当に年を越えられると思って8月位までは

頑張っていたのですが、何かを引き金に

夏ころにガタガタと調子が悪くなっていき

妻が2020年を迎えることはありませんでした。

 

最期に、

私達家族の場合、余命宣告を受けたことで、

残りの人生を無駄なく楽しく過ごせたと思います。

 

余命宣告された当時はまだギリギリ歩けたので、週末になると旅行や遠出をしました。

車いすになってからも私が車いすを押して坂道だらけの動物園にも行きました。(;^_^A

 

私も先生の余命宣告を聞いてからえ、思い切って長期間会社を休んで

子供が学校の日とか、妻と二人でランチを食べにデートに行ったり、

家でゲームをしたり、なるべく一緒に過ごす時間を作ることができました。

 

お金はすっからかんになりましたが、

まだ生きている私が今働けばどうにかなる話です。

妻が生きている時、仕事なんてしなくてよかったと思います。

 

妻も私も、妻が乳がんになったこと、それによってこの世を去るかもしれないと知った時、

言葉に言い表せないくらい、悔しかったです。これは書いても伝わらない。

 

でも、私と妻は妻が余命宣告を受けた時、単なる寿命と考えず、

残りの時間をいかに有意義に過ごすことができるか、

一つの指標としてとらえることができたのだと思います。

 

上に書いた内容はあくまで私達二人の考えです。皆さんはどう考えますか?

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